
あけましておめでとうございます。
今年一番、新聞に載りました(笑)
撮影の時に気を使ったのは、
色が良いりんごの木で写真を撮ること(笑)
全部が良い色ではないので、
やっぱり写す時に色が悪いと、
評価は駄々下がりだ。
そうでなくても、
こいつから買ったりんごは不味い!腐ってた!
なんて言われているかもしれない。
見た目って大事ですよね。
もちろん中身が一番大事なのですが。
なかなか人の中身もりんごの中身も、
割ってみないとわからないものだ。
美味しいりんごを届けられるように努力しますm(_ _)m
どうやって努力するか。
りんごを誰よりも割るしかあるまい。
食べるしかない。
現在栽培品目数26品種。
加工用品種も数種類ありますけど。
りんご農家をはじめて8年目に入るこの年。
気が付いたのは、りんごの技術と知識が同年代では、
ズバ抜けて足りないということ。
いつまで経っても知らない知識がわんさか出てくる。
奥が深いのか、
船の上から「海は青いなー」と言っているようなもんで、
上っ面しか見ていないのか。
実際海の中に潜ってみると、
果てし無く重いブルーが広がっているのにな。
それだけりんごの世界は濃い。
と思う。
今ではどんな仕事よりも難しいと自信を持って言えます。
農家というのは、経営者であり、科学者であり、営業マンでなければならない。
創り続け、売り続け、社会に貢献しなければ、
存在はいらなくなる。
食料というのは日常的にあるものなんだけど、
農業というのは、それだけで非日常のような世界です。
でも昔は食と栽培も日常だったはず。
付加価値なんて、お金が出てきてからだろう。
なんだ、付加価値って。
物物交換の時代にはあったのか?
非日常=付加価値なのかな?
お客さんは非日常の世界にお金を払うのか。
おらの好きな、ラーメンズの舞台では、非日常の中に生きる人の日常を描いています。
だからそのネタが心地よいらしい。
しかし日常と非日常を使い分けられるのはすごいこと。
常識のままで日常を送りながらも、
非日常の空間を考える。
やはり、孤独の世界が待っている。
非日常を作り出す、個の強さであり、
日常が通用しない弱さ。
団は絶対的に日常だが、非日常を創ることが出来ない強さと弱さ。
人間ないものねだりで、
その繰り返しが流行だと思います。
それを逆手に取れば、流行は狙える。
流行の最先端とは、非日常が認められる瞬間。
でもその非日常が流行ると、日常に変わる。
日常と非日常。

物の持つ非日常と、
人の持つ非日常が違うことを教わりました。
でも人の持つ非日常は絶対に作ろうと思っても、
意識しては作れない。
必ず不自然さが残る。
それがラーメンズの舞台ではほとんど感じられない。
非日常を創り、非日常の人になる。
普通の人には出来ない、演技の天才なのかな。
どれほど努力したんだろう。
日常の世界に非日常を届ける。
ただただ努力の結果でしかない。
普通の努力では到底たどり着けない努力、
それが非日常だと思いました。

新聞に書いていた
「日本一の独自性の追求」
非日常は意識しない。
してもなれるわけじゃない。
なろうとしてなれるわけじゃない。
非日常は、世の中が創るものだから。
団が創るものの逆が非日常だから。
つくれないからおもしろい。
りんごも終わりない技術の追求だからおもしろい。
非日常は日常と相対的にあるもの。
外から認められるもの。
独自性の追求は、自己満足にすぎない。
独自性の追求は、日常にいる証拠。
日常にいない非日常の人は、
ここに多分、よくわからないことを書いているんだろうな。
しかし、ただただ日常での努力こそ、
非日常を生み出す唯一の方法だろう。
今は意識せず、積み上げる作業を怠らない。
結果は後からついてくると信じたい。
まだまだ積み重ね。
積み重ね。

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