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会津ひろきりんご園『紅のりんご農家』ブログ

4/7 発芽 こっから日に日にどんどん進む。



良い枝に良いりんごが実ると思ってた頃がありました。

でも、どんなに良い枝でも、

良い花芽が出来ていないと意味がないと気がついたのは最近のこと。



これが正面から見たところ。

ツル元が浅い。

中心果なんだが。

花芽形成が悪かったんだろう。

奇形ではなく、

みすぐりを出来なかった、

養分を貯められなかった、

人災でござる。



これは・・・(笑)

もうここまで来るとなんだかわからん(笑)

中心果と側果がくっついてる、奇形中の奇形です(´Д` )



良い花芽が出来そうな予感。

それでも見る人が見れば、まだまだなんだろうけど(´Д` )

狙って花芽を付けるのって、どうすんだ?




こっからが本編みたいなもんだ。

18日、いつもお世話になっている釈迦のりんご園さんのところに園地視察。

今回は、鶴田のみどりの会さんと、

板柳のみすぐり会の、

若手農家同士の交流の意味も含めてでした。

鶴田と板柳、同じ平野で、隣同士。

いっつもライバルな町です。

でも、オラは鶴田のレベルの高さにいつも頭が下がります。

それはオラがやってみたい、複合経営をしているからです。

複合経営のメリットは、安定した収入です。

農業に安定した収入ってのはないのですが、

りんごが雹で痛んだ時のリスクを、分散出来ればと思うのです。

トマトなどの野菜、

台風前の果樹のさくらんぼ、桃。

っても、りんごも出来てないうちに、他をガッツリやる訳にはいきません。

美味いりんごを育てられるまで、

リスクもクソもないと思います。

当分りんごオンリーさ。

板柳は本当にりんごに特化した町です。

が故に災害に弱いと思う。

雹、大型台風でりんごがダメになったら・・・どうする?

鶴田は特化しなかった代わりに、

複合経営で経営を安定させました。

どっちが良いとは言えませんが、

災害でブーブー文句を言うよりならば、

国や市町村に頼らないで経営したい。

そんな鶴田をオラは尊敬しています。


さて、釈迦のりんご園さんの園地視察ですが、

二年前もみすぐり会では計画していました。

しかし、時間が合わずに来れなくていました。

今回みどりの会さんからお誘いがあり、

行けることになりました。

さらに一緒に交流出来るとか・・・

最高です!

なぜなら、板柳のみすぐり会に、

新しい風を入れたかったから。

その風から少しでも感じとって欲しかったのです。

興味がないって一蹴してしまえば、なんも変わらない。

それが自分だけで済めば良いけど、

その次の後輩達にも繋がって、

狭い世界でしか活動出来ない会になっちゃう。

それだけはゴメンだ。

それには、鶴田のみどりの会さんと、

釈迦のりんご園さんは良いきっかけだと思いました。

が、交流会では席があまりばらけず、

みどりの会さんが動いてくれて、

みずぐり会と交流という形になってしまいました。

みすぐり会はみすぐり会で固まってたのが大半でした・・・

交流会ってもっと席がミックスするもんだと思ってたんだが・・・

でも4Hクラブで交流があるクラブ員は、

みどりの会さんの会員に積極的だったなー。

みすぐり会は最近閉鎖的な会だから、

人見知りしているのかな。

オラは最初っから最後までみすぐり会の席には行かず、

みどりの会さんのテリトリーにずっといましたが、

熱いなー(´Д` )みどりの会!

農業に真剣だ。

もっとよくなりたいっていう意思が伝わります。

先輩が後輩に、

「今日の研修どうだった!?」

って質問してたり、

懇親会にも参加してくれた、

釈迦のりんご園の社長の秀明さんに質問したりしていました。

みすぐり会の方では何を話してたのかな・・・?

日頃のなんか疑問とか聞くこといっぱいあると思うんだけど・・・

人を変えたいのならば、まず自分が変わらなければなりません。

先輩がそうしてきたように、オラが背中を見せなくちゃなー。

良いとこばかり目を向けてくれたら良いけど、

悪いところに目が行くものです(´Д` )



オラはこの人が一番すごい!神様だ!

とかっていう信者にはならないようにしています。

有名な剪定士さんや、りんご農家さん、たくさんいますが、

十人十色なのです。

その人、その土地、気候でなければ出来ないこともあります。

りんごの理屈は同じなのですが、

信者は理屈を見ないで、

技術に目を向けてしまう。

だからオラは信者にはならないように、

いつも疑問を持つようにして、自分で試して、

引き出しにそっとしまうのだ。

いつかポッと思い出して、

点と点を線で結べる日まで。




りんごの剪定と同じで、

考えが凝り固まった信者だと、

樹形を壊せないで、

最終的に自分の首を絞めるのと同じことだと思います。

いつまで経ってもその先を見ることは出来ない。

ブッタの信者はブッタを超えられない。

でもキリストならば、ブッタとは全く違う考えなので、

超えられるのかもしれない。

信者じゃなくて、なるべきは、超える存在。

オンリーワンでナンバーワンだ。


今こそ心にある樹形を、壊せ!


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